陳氏太極拳とは
太極拳の誕生についていろいろな説がありますが、陳氏の始祖陳卜(650年前)が太極拳を創出したと言われています。また70年ほど前、上海の体育歴史研究家唐豪氏の研究によると、明朝末の陳王庭が太極拳を創出したと言います。現在、様々な研究調査を行ったところ、陳王庭(字:奏庭)創拳説は最も有力で、定説となっています。
明が滅亡した後、陳王庭は出身地の河南省温県陳家溝に隠居し、郷里の子弟に武術を教え、有名な詩が残っています:「嘆當年,披堅執鋭,掃蕩群氛,幾次顛険! 蒙恩賜,罔徒然,到而今年老残喘。只落得黄庭一卷隨身伴,悶來時造拳,忙來時耕田,趁余閑,教下些弟子児孫,成龍成虎任方便。・・・」。
つまり、陳王庭は家伝拳法と、導引法、医学理論を結びつけ、太極拳の第一路や第ニ路など拳術を編成し、陳氏太極拳の原型を創出しました。また、長拳108勢、推手、刀、槍、劍、棍、「金間」、粘槍を伝承しました。
陳家の歴史誌「陳氏家乗」や伝説によれば十五世陳耕耘は十四世陳有本より太極拳を学び、地理や家系などの理由で陳耕耘の子孫たちの太極拳は大架式と呼ばれ、有本から伝えられてきた太極拳は小架式と呼ばれるようになりました。
陳有本が新架として小架式を創出したと言う説には歴史的な根拠が全くありません。この説は誤ったままの形で本から本へと引き継がれ、偉い先生の本にも年代や生年月日の誤りが多く、陳氏太極拳大架・小架・新架・老架などの概念は混乱したままの現状です。
現在、陳氏太極拳は大架と小架に大別され、大架にはさらに老架と新架が存在しています。小架には老架と新架という分類がありません。 伝統太極拳は絶えずに進化発展しているので、どちらの流派でも新と老の交代を行っています。